この記事は、Routine Cerebral Embolic Protection during Transcatheter Aortic-Valve Implantation の解説です。
はじめに|なぜこのRCTが注目されたのか
経カテーテル的大動脈弁置換術(TAVR)は、ここ数年で手技・デバイスともに進化し、周術期合併症は大きく減少してきた。一方で、周術期脳卒中、特に画像上のみで検出される silent stroke は、依然として完全には無視できない問題として残っている。
「デバイスで物理的に塞栓を防げるのであれば、使うべきではないか」
この直感に対して、英国心臓財団(British Heart Foundation; BHF)主導でランダム化比較試験(RCT)として検証を行ったのが、
BHF PROTECT-TAVI trial である。
※ 本試験は、2022年に報告された PROTECTED TAVR trial(米国主導) とは別試験であり、試験規模・評価項目・解釈が異なる点に注意が必要である。
BHF PROTECT-TAVI trialの概要
本試験は、英国を中心に実施された大規模・多施設ランダム化比較試験で、TAVR施行患者を対象に、
- 脳塞栓防護デバイス使用群
- 非使用群
の2群に割り付け、周術期脳卒中の発生を比較した。
- 主要評価項目:
TAVR施行後72時間以内の脳卒中 - 評価対象は、臨床的に診断された症候性脳卒中
試験デザインは極めて実臨床に近く、「routine use(ルーチン使用)」の是非を正面から検証したRCTである。
結果|主要エンドポイントは未達
結果は明確だった。
| 項目 | CEPデバイス群 (Sentinel) | 対照群 (CEPなし) | 差・統計 |
|---|---|---|---|
| 脳卒中(72時間以内/退院まで) | 81/3,795 (2.1%) | 82/3,799 (2.2%) | 差 −0.02% (95% CI −0.68〜0.63), P = 0.94 |
| 障害を伴う脳卒中 | 47 (1.2%) | 53 (1.4%) | — |
| 死亡 | 29 (0.8%) | 26 (0.7%) | — |
| アクセス部位合併症 | 8.1% | 7.7% | — |
| 主要有害事象 | 0.6% (24/3,798) | 0.3% (13/3,803) | — |
- 主要評価項目である脳卒中発生率に有意差は認められなかった
- 脳塞栓防護デバイス使用による、明確なイベント抑制効果は示されなかった
- 重篤な合併症についても、両群間で大きな差は認められていない
この結果だけを見ると、
「脳塞栓防護デバイスは不要」
と結論づけたくなるが、それは本試験の意図を正確に反映した解釈とは言えない。
この試験は「失敗RCT」なのか?
答えは NO である。
BHF PROTECT-TAVI trialは、むしろ“現代TAVRの到達点”を非常に忠実に映し出している。
① そもそも脳卒中イベント率が低い
近年のTAVRでは、
- デバイス性能の向上
- 手技の標準化
- オペレーター経験の蓄積
により、周術期脳卒中そのものが稀なイベントになりつつある。
イベント率が低い集団において差を示すためには、
- さらに大規模な症例数
- もしくは高リスク症例への限定
が必要となる。
② 評価しているのは「症候性脳卒中」のみ
本試験の主要評価項目は、臨床的に診断された脳卒中であり、
- MRIで検出される silent stroke
- 微小塞栓による潜在的脳障害
は主要評価項目には含まれていない。
この点は、「症状がなければ問題ない」と考えるか、「長期的な神経学的影響を考慮すべき」と考えるかで、解釈が分かれる重要なポイントである。
③ TAVRは“均一な手技”ではない
TAVRと一言で言っても、
- 石灰化の程度
- 弁形態
- Valve-in-Valve
- 使用デバイスやアクセスルート
によって、塞栓リスクは大きく異なる。
すべての症例を一律に評価すること自体に、構造的な限界があることは明らかである。
では、臨床ではどう考えるべきか
ルーチン使用は正当化できるか?
BHF PROTECT-TAVI trialの結果を見る限り、
すべてのTAVR症例に脳塞栓防護デバイスをルーチンで使用する根拠は示されていない。
コスト、手技の煩雑化、追加デバイス操作を考慮すると、routine use を支持するのは難しい。
使用を検討してよい症例は?
一方で、以下のような症例では個別判断での使用を検討する余地は残されている。
- 高度石灰化を伴うAS
- Valve-in-Valve TAVR
- 脳卒中既往を有する患者
- 高齢で脳血管リスクが高い症例
本試験は「使うな」と結論づけたのではなく、
「誰に使うべきかを考える段階に入った」ことを示したRCTと捉えるべきである。
Take-Home Message
BHF PROTECT-TAVI trialは、
脳塞栓防護デバイスの“無効”を示した試験ではない。
「全例使用を正当化するエビデンスが存在しない」ことを示したRCTである。
TAVRが成熟期に入った現在、重要なのはデバイスを追加することではなく、リスクに応じて適応を選択することなのかもしれない。
参考文献
原著論文 (一次情報)
本記事は、以下の原著論文を一次情報として参照し、その結果と解釈について解説を行っています。
BHF PROTECT-TAVI trial
British Heart Foundation–funded randomized controlled trial
evaluating the clinical utility of cerebral embolic protection during TAVR.
(正式論文名:Routine Cerebral Embolic Protection during Transcatheter Aortic-Valve Implantation)
▶ PubMed
PubMed: Routine Cerebral Embolic Protection …
※ 本記事は原著論文の内容を要約・解説したものであり、論文本文や図表の転載は行っていません。
免責
本記事は公開された臨床試験をもとにした学術的解説であり、特定の治療やデバイスの使用を推奨するものではありません。
補足
- 2022 PROTECTED TAVR(Kapadia)= disabling stroke 0.5% vs 1.3%
- 2025 BHF PROTECT-TAVI = ルーチン使用の有効性は示されず

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